伝統医学

慢性病には伝統的鍼灸治療

何がきっかけか分からないけれど「ここ2、3日、寝る前に耳鳴りがしてる」「普段は快便なのに、この一週間は下痢が続いている」「ギックリ腰ではないが、たまに腰が鈍く痛むことがある」等々、病を患っていない人でもこのような“ちょっとした不調”を感じることはあるでしょう。その不調が知らぬ間に治ってしまうようなものなら現代医学では病気と診断されず、本人も大して気にぜずいつもの日常に戻ります。

しかし、もしそれらの“症状”が1か月続いたとしたらどうでしょう。「自分は何かの病気かもしれない」と思いはじめて医者に診てもらうかもしれません。大抵の場合はっきりとした原因が特定できずに「様子をみましょう」と症状をおさえる薬を処方され、しばらく薬を飲んで症状が治まったので服薬をやめてみると再び症状がぶり返すという事例はよくあるでしょう。なぜ症状が再発するのかを伝統医学的に言えば、症状を生み出していた心身の生理機構である“五蔵”の乱れ・狂いが依然として改善されていないからなのです。

症状をおさえる薬は心身全体の生理的な仕組みを健全な形にととのえてくれるものではなく、症状を起こしている部分の変化を期待して作られた化合物(自然物ではない)であり、「狙った箇所以外の生理機構を狂わせてもある程度は仕方ない」との考えで作られています。だからこそ、副作用の注意書きが欠かせないのです。そして、さらに重要なことはこの種の薬の効果は基本的に一時的かつ表面的であるということです。このような医療スタイルは対症療法と呼ばれます。鍼灸でも、痛みや凝りがある部分に施術して患者が「楽になった」と言うまで刺激を与え続けるいうスタイルもありますが、これも対症療法です。それで治ってしまえば何も問題ないのですが、施術後数日で痛みや凝りがぶり返す場合は、その患者の病状に対して対症療法的な鍼灸は通用しなかった、あるいは強い刺激を与えすぎて悪化させてしまったということになります。

とはいえ、対症療法は頭から否定されるべきものではありません。時と場合によっては必要になることはもちろんあります。たとえば、酷い症状が長く続き、苦しみに耐えられず、精神的に参ってしまうようなケースでは、その心のストレス自体が症状の悪化あるいは症状を引き起こしている心身全体の生理的な乱れに拍車をかけてしまうため、とりあえず症状を軽くして患者の気持ちを楽にすることで自己治癒力・回復力の発動を妨げないようにするという治療方針があってしかるべきです。

ただし、やはり強い薬は心身にとって毒でもあるので、漫然と服薬を継続するのは危険です。やむを得ず服薬している期間は、薬の効果に期待するだけでなく、また満足してしまうことなく、“心身がよろこぶ環境”を自分自身でととのえてあげることが大切です。「心身がよろこぶ環境をととのえる」とは、特別なことをする(心身に良いことをする)必要はなく、常識的に“心身に悪いことをやめる”生活改善のことです。服薬自体が自然な心身にとって喜ばしいことではないので、薬に頼らずに済む状態にまで早く改善するように、また病が慢性化してしまう前に適切に対応してほしいところです。

要するに、外側にあらわれている症状を薬でおさえつつ、内側の〈症状を生み出している生理機構(伝統医学的には「五蔵」と呼びます)の狂い・乱れ〉が自分の回復力でととのっていくのを、自分の心と体をいたわりながら待つわけです。そして、症状が少し軽くなったと感じたら一旦服薬を止めてみます。すぐに症状が元に戻ってしまうようなら、まだ五蔵の不調が回復していないということであり、病がかなり慢性化・重症化していると判断されます。ここでいう「重症」とは症状が激烈であるとか苦痛が大きいとかいうことではなく、直接触ることができない生理機構の狂い・五蔵の不調が深刻であるということです。たとえ症状自体は軽くても、いつまでたっても治らないような慢性症状はその意味で「重症」であり「病が深い」のです。逆に、風邪のように急性の激しい症状でも一過性ですぐに治ってしまうものは、生理機構の狂い・五蔵の不調がわずかで「病が浅く」「軽症」ということになります。

重症化した慢性病では積極的に“心身に良いこと”も試してみる必要があります。ただ、心身に良いことは人それぞれ違い、メディアの情報はあてになりません。また、日頃から自分の症状と体調にきちんと向き合っている人でない限り、自分にとっての“良いこと”が何なのか分かりません。今の自分の病状にとっての“良いこと”を知るためには医学的な診察が必要になります。

現代医学はEBMという、研究成果の積み重ねによる「最新かつ最良の根拠」に基づく治療法こそが正しい医療であるという態度です。しかし、「最新かつ最良」ということは昔の医学常識が今通用しないのと同じく本当に普遍的に正しいというわけではなく、単に現時点での常識ということです。また、「研究成果の積み重ね」が100%の治癒を保証するものでもありません。にもかかわらず、他の医療の可能性を認めないというのはいかがなものでしょう。どの医療を選ぶかは患者自身の意向が優先されるべきということも忘れてはいけません。

現代医学とは異なり〈症状が同じであっても病人それぞれで病の構造が違うし、病を患う背景も違う〉と考える伝統医学では、病人を診察することなしに「この病気(症状)にはこの治療が良い」とは言いませんし、いろんな角度・視点からの治療を否定しません(漢方や鍼灸、食養、精神衛生管理や導引と呼ばれる運動法など)。オーダーメイドの医療などと称されるゆえんです。また、この伝統医学に基づく伝統的な鍼灸治療には内側の五蔵を調整する(すなわち慢性病を根本から治療する)理論と手段があり、単なる対症療法にとどまりません。

そういうことを踏まえた上で、薬にはなるべく頼らず慢性化した病を治したい人には、診察を重視して患者一人ひとりの病状を詳しく把握し、何が必要で何を捨て去るべきかを助言することができ、かつ慢性化した病や症状のおおもとである五蔵の不調をととのえることができる伝統的鍼灸治療が重要な選択肢のひとつになると考えます。

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